黒潮蛇行発生のTFDAによる判定と蛇行解消の特徴付け
黒潮は沖縄から九州南岸にそって北へ流れたあと,日本南岸の四国・近畿・東海沖を通過する流れです.黒潮はその後千葉県沖で離岸して太平洋に向かって流れていきます.黒潮という海洋流れは1週間程度のスケールで変化する大気現象とは異なり,数ヶ月から数十年という長い時間スケールで変動しています.通常,黒潮の流れの流路は直線的に日本南岸を進みますが,時々東海沖や関東沖で南に大きく蛇行する流路をとることが知られています.特に東海沖で黒潮が蛇行する流路が発生することがあり,これは「黒潮大蛇行」と呼ばれています.こうした黒潮のの流路の変動は東海・関東沿岸の漁業や海運に影響があると言われており,黒潮の蛇行現象がどのように発生し終息するのかを予測することは大切です.
上図は黒潮の典型的な三つの流路を表しています.一つ目は日本南岸を真っ直ぐに流れるnearshore Non Large Meander (nNLM),二つ目は関東沖で少しだけ蛇行するoffshore Non Large Meander (oNLM),三つ目は東海地方沖で大きく南に蛇行する黒潮大蛇行(Large Meander=LM)です.
これらの黒潮蛇行の発生の判定について,気象庁では「東海沖で海面や水深200mの水温から見積もった黒潮の最南端の位置」と「和歌山県の串本と浦神の潮位差」の二つの指標を用いています.一方で,黒潮蛇行は「蛇行」という複雑な流路の大きな変形を伴うので,この変形に関するパターン特徴付けを用いた流路判別も可能と感がられます.そこで我々はTFDAによって,黒潮流れの流路状態のパターン分類を行い,その時間変化を追跡することで黒潮大蛇行の生成と解消について研究を行いました.
本研究成果はJournal of Oceanography (JO) に掲載されています.
https://link.springer.com/article/10.1007/s10872-022-00656-3
解析に利用するデータ
海洋の流れについても三次元流れではありますが,大気と同様に地衡流近似を仮定すると,海面高度が海面の流れを生成するハミルトニアン関数と対応することが知られています.この海面高度にTFDAを適用することで黒潮の蛇行が発生する期間を客観的に検出しました.利用したデータは衛星観測に基づいて再解析された AVISO (Archiving, Validation and Interpretation of Satelllite Oceanographic data) 月平均データです.
以下は,黒潮大蛇行が発生されているとされる2004年12月の海面高度の等高線です.これを見ると東海地方の沖で黒潮が大きく南に蛇行しているのがよくわかります.
TFDAでは蛇行する黒潮と日本南岸の間に挟まれた低気圧性の流れの領域に注目します.
上図には pscilone の出力であるレーブグラフも示されています.また,このパターンのCOT表現は次で与えられるものです.
a∅(a−0 .a+1 ・a+2 ・a−3・a−4・a2(c+0, λ)・a−6・a−7・a−8・a+9・a+10(b++)・a+11)
この文字列のうち,東海沖の青色のCOT記号でa−3で表現される低気圧性の流れ領域(影響領域)が黒潮大蛇行による閉じ込め領域に対応しています.
解析手法の概要
COT表現の中に現れるCOT記号a2の構造は四国にぶつかる黒潮の流れを表しています.黒潮の蛇行によって東海沖に発生する閉じ込め領域は,この四国にぶつかる流れの海面高度よりも低いことがわかります.そこで,以下のような手順で黒潮の蛇行の判定を行いました.
- 各月における海面高度データからpsicloneによってCOT表現を計算
- 得られたCOT表現のうちa2より右側(海面高度が低い領域い対応)にあるCOT記号 a_ に対応する影響領域を抽出
- 2.で抽出された影響領域を前後6ヶ月分で存在する領域の上の存在月数のヒストグラムを作る
- 3.で得られたヒストグラムの移動を追跡して,長時間にわたって同じ位置にいるものを抽出
- 抽出された領域で東経136ー140度の間にあり,その面積が100km2以上あるものを蛇行による閉じ込め領域と判定
- さらに東経140度におけるこの領域の南端の位置をみて,それが北緯32度より南にある場合をoNLM (offshore Non-Large Meander)と判定そ.そうでない場合を黒潮大蛇行(Larege Meander=LM)と判定
解析結果
この判定法で1993年4月~2020年4月までの黒潮の蛇行の判定を行いました.その結果,TFDAで検出された東海沖で発生する黒潮大蛇行の期間は気象庁の報告とほぼ一致することがわかりました.さらに,TFDAでは東海沖での大蛇行(LM)を分離しながら,関東沖での黒潮の小蛇行(oNLM)も検出することもできました.これは,従来の二地点の潮位差と最南端のようなデータではなく,「かたち」そのものに注目するTFDAによって,より直接的に流れの情報を取り出したことによります.
また,流れのパターンを文字列化するというTFDAの特徴を活かして,黒潮の蛇行が解消する数ヶ月前に閉じ込め領域の様子をより詳しく調べることができました.それによると.閉じ込め領域を表すCOT記号が下の図のように
(a) a− → (b) a−(b−−) → (d) a−・a−
ようにパターン遷移することで,閉じ込め領域が小さい二つの領域に分割されます.(c)のパターンは構造不安定な流れですが,(b)と(d)の間に現れる構造であることも分かります.
この分割された領域の一方のa−に対応する構造が消失することに伴い、大蛇行が解消していくメカニズムの存在が明らかになりました.このような蛇行の終息における一連の流れパターンの変化を客観的に指摘できたこともTFDAがもたらした新しい科学的知見といえます.