高齢化が進む世界の国々では,高い医療の質を確保しながら高騰する医療コストを大幅に低減することが求められています.そのためには,様々なデータを活用した効率的な診断や創薬が求められますが,現状の検査データや臨床データから得られる情報の活用には限界があります.例えば循環器医療では心血流に現れる渦の「かたち」を見ることが診断の精度や効率の向上につながると期待されますが,現状の心エコーやMRI装置の心血流画像データからそのような情報を取得することは困難です.また,感染症創薬における臨床試験では,ウイルス量など病態進行に伴うバイオマーカーの時間変化を適確に予測できれば,臨床試験の期間の圧縮とコストの削減が期待できますが,データ量や解析法の限界によりまだ実現していません.
本プロジェクトでは,「心血流エコー画像やMRI画像から血流渦パターンの「かたち」を言語化する解析手法(トポロジカルデータ解析)の開発と臨床診断への応用」と「薬剤開発の時間変化の予測手法(数理モデリング)の開発と抗ウイルス薬の臨床治験デザイン」の二課題を先端の数理科学により解決します.
具体的には,データに隠された把握したい現象の「かたち」を数理的な言語で厳密に抽出・表現し,その時間変化の解析と組み合わせた“4次元トポロジカルデータ解析”という,世界初の数理共通基盤技術を開発します.これにより,心血流に現れる渦の 「かたち」に基づく心機能評価を通した心疾患ステージの分類が可能となります.さらに,この技術を心エコーやMRI装置へ組込むことにより,心臓病態の把握と予後予測を実現, 適切な検査と治療介入につながることで,心臓関連死の約3分の1,世界の循環器医療費 の約2割もの低減が期待されます.
また,COVID-19等を対象とした感染症創薬の臨床試験に対して,バイオマーカーによる時間変化の予測手法を開発し,臨床試験デザインにも適用することで,従来3〜 4年を要する感染症創薬の臨床試験までの期間を,数ヶ月程度にまで大幅に短縮することを目指します.これにより,一つの薬剤の開発に1,000億円以上必要とも言われる薬剤開発コストの削減が期待されます.
さらに,本数理技術は,医療・医薬分野の課題を解決するだけでなく,環境分野や生命科学,基礎医学など広い範囲の課題にも適用が可能です.本技術を,将来的にこれらの分野にも展開することで,数理科学に基づく共通基盤として研究開発現場等における様々な課題の解決に貢献します.