CASES

適用事例

心臓左心室エコー画像からの渦構造抽出

2024.05.04

心臓血流における渦流解析の現状と問題点
心臓は拍動によりポンプのように血液を効率よく吐き出して全身に酸素を運搬する臓器ですが、心臓病では効率よく血液が送り出せなくなることが知られています。古来より心臓の中では血液が複雑な流れのパターンを呈していることが推定されており、そのパターンが心疾患に何らかのかかわりがあるのではないかと医学では考えられていました。心臓は入口から出口にかけて180度旋回する流れを発生する複雑な拍動ポンプであり、そのため心臓内に渦流を発生しますが、近年医用画像診断装置や画像解析技術が進歩しこれらの渦流が可視化できるようになりつつあります。例えば、図(a)は心臓左心室における心臓エコーの画像ですが、青い色と赤い色で血流の向きがわかるようになっています。

本プロジェクトの主たる研究者である板谷講師らは、心臓や血管内の血流可視化ソフトウェア(エコーVector Flow Mapping)を用いて,心エコーのデータから図(b)のように流れのベクトル場を再構成に成功しました。 さらに,ここからこのベクトル場によって流される粒子軌道を図(c)のように計算することが可能になりました。

図(c)の流れの様子をみると、心臓内に様々な回転する流れ(=渦流)が発生し、心不全などではこの渦流のパターンが変化すること、病的な血流の乱流が強い摩擦エネルギーを発生し、そのエネルギー損失が心負荷となり心不全を惹起することなどを突き止めてきました。しかし、心臓内の渦流や衝突流れは拍動ポンプに伴うあまりに複雑な流れであり、ここから渦流を客観的に定義し抽出することが困難であったため、パターンの明確な同定ができず、そのため心疾患の病因を必ずしも明確に突き止められないという問題がありました。また渦流による心機能の定量評価にも困難をきたしていました。

心血流を表現する流線トポロジーデータ解析技術の開発と応用
本研究グループは、心血流エコーやMRIから得られる流線画像データに対して適用できるTFDAの数学理論を完成しました。これを用いると、心臓超音波VFM(Vector Flow Mapping)によって得られる図(d)のような健常例の左室心尖部の長軸断面で得られる収縮期血流画像から特徴的な位相構造を図(e)のように抽出して数学的に分類し、さらに、そのパターンに図(f)のような固有のグラフ表現(COT)と文字列表現(COT表現)を割り当てることができます。これにより複雑なパターンをグラフや文字列に変換することで位相的な構造を曖昧さなく表現できるようになります。このような文字列にすることで心血流の数学的な「言語化」が達成されています。


それだけではありません、このCOT表現の特定の文字列が心臓血流内部の特定渦領域を表現するので、これを利用してこれまでの課題であった心血流内の「渦流」を「位相的渦構造」として、数学的にも曖昧さなく定めることができます。図(g)左のエコーVFMの出力に対して,TFDAによって位相的な色分けが可能になり、図(g)右のように赤く塗られた領域が「位相的渦構造」の領域として同定できます。このような数学的厳密さを保証された心臓血流エコー画像のトポロジカルデータ解析の技術の開発は世界初のものです。


この技術を用いると「位相的渦構造」を通じて、健常心と心不全例の違いを明確に記述できるようになります。図(h)は健常者のTFDAの結果、図(i), (j)は心不全例のTFDAの結果です.健常者の例では左下に大きな位相的渦構造の領域が見えますが(i), (j)ではそれが見られません。TFDAの結果によれば、これらの心不全例においては健常心に見られる位相的渦構造が非常に小さい領域になっていたり、二つに割れていることが確認され、そのことと心臓の機能低下に関係があることが示唆されます。


心血流流線トポロジーデータ解析技術の成果と今後
このように経験的に重要であることが知られていながら、従来明確な定義のなかった心臓血流が作り出す「渦流」に、TFDAは「位相的渦構造」と呼ばれる新しい概念を明確に定義することに成功しました。さらに、このことにより、渦構造と心血流のポンプとしての機能と心疾患の状況を位相的渦構造の言葉で定量的に結びつけられるようになります。

本成果は、医療用画像診断機器から得られるデータに対して、トポロジーという新しい視点を導入して、これまで困難とされてきた心臓流れの「渦流解析」に曖昧さのない文字列を付与し、それに基づいて定量的な評価指標を与えることを可能にしたものです。この技術は特許として国内出願も済ませています。一方で、本成果は理論的に可能であることを示した成果であり、本当の社会的インパクトは、この理論を実際の心臓血流診断の現場へと届けて初めて出てくるものです。本研究開発では今後、心エコー装置や心臓MRIのような医療画像診断機器に組み込み可能なソフトウェアを開発し、広く現場で使うことのできる技術へ展開することを目指しています。本技術の社会実装に向けて今後本格的なソフトウェア開発の完了を5年以内に見込んでいます。

このソフトウェアを通して、医学研究分野における基礎研究ツールとしての需要拡大が期待されます。実際、血流解析を行っている施設は2016年時点で約150施設あり、この技術を心エコー装置やMRIなどの計測装置に実装した場合の研究ツールとしての市場規模は非常に大きいものです。このソフトウェアを通して定量化される渦流の情報が、トポロジー解析による心疾患の未知の病態解明や新しい心臓病の分類作成の可能性を開くことが期待されます。さらに、本研究成果により促進される位相的渦構造に基づく心臓血流における渦流研究により、心臓疾患の分類のあり方が大きく変わる可能性もあります。こうした渦流研究の対象となる心疾患は国内のみでも心臓弁膜症200万人、心筋症25万人、先天性心疾患50万人と非常に大きく、渦流トポロジー解析が心臓の系統分類を変えた場合、これらの疾患全てに影響を与えることも考えられます。

JST-MIRAI Project Four-Dimensional Topological Data Analysis for Future Medical Care